グループ名はジャヴァ。ジャヴァとは今世紀初め頃パリに興った、アコーディオンで演奏される3拍子の曲。それに合わせて男は女の腰を抱き、女は男の首に両手をまわして身体を密着させて踊るダンスをも指す。どちらもパリの庶民に親しまれてきた。それを名乗るのだから、彼らは伝統の保持者なのだろうか。
そうだ、とまずは言っておこう。しかし、ただの旧套墨守派ではない。かつてシャンソン・フランセーズはタンゴやビギン、ジャズなど外国の音楽を吸収して自らを豊かにしてきた。新しいものを受け入れつつ、伝統は守り育てられていくものだ。彼らもまた積極的に、いまという時代の感性を表現する音楽スタイルを取り入れている。 ラップだ。
ラップは「どれもリズムが単調で同じように聞こえる」という人もいる。確かにそういう点も否めない。メリハリのきいた流れるようなメロディーはなく、強調されたリズムに乗せて語るように歌われるからだ。が、もともとアメリカの黒人たちの音楽であるラップには、社会への批判や自分たちの主張がこめられている。
待てよ、これってシャンソンにもあったじゃないの。
メッセージ性の強いシャンソンを歌ったアーティストは多い。レオ・フェレ、ジャン・フェラ、ジョルジュ・ブラッサンス、ジャック・ブレル…。何らかのメッセージのない歌はシャンソンとは呼べないと言っていいくらいだ。
それに、語るように歌うというスタイルも古くから存在する。中世の吟遊詩人トゥルバドゥール以来の伝統だ。イヴェット・ギルベール、フレエル、ジュリエット・グレコ、コラ・ヴォケールといった女性歌手たちは端的に“ディズーズ”diseuse (直訳すれば“語る女性”)と呼ばれていたではないか。あえて付け加えれば、歌わなくなった後期のゲンズブールも、本人の意志はともかく、“語る男性”(“ディズール”diseur)の仲間入りをしたように僕には思える。
前置きが長くなって恐縮… 。このジャヴァというグループは4人から成る。エルヴァン・スギヨン Erwan Seguillon(作詞・ヴォーカル )、フランソワ・グザヴィエ・ボサール Francois Xavier Bossard(作曲・アコーディオン ニックネームはFixi フィクシ)、ジェローム・ボワヴァン Jerome Boisvin(ウッド・ベース)、マルロン Marlon(ドラムス)という顔ぶれ。
冒頭からいきなりショッキングなメッセージをぶつけてくる。彼らのスタンスを明確に言い放つ。ウイスキーだのジントニックだの、村名ボージョレのブルイなど、ありとあらゆるアルコールの名前を織り込んでの語呂合わせ、言葉遊び。ルフランはこうだ。「ジャヴァはマンタロー(注:ミントシロップを水で割った飲み物)じゃない/ジャヴァ それはロックンロール/ジャヴァ それはほんとのパリのサウンド/標語はセックス、アコーディオン、アルコール」。 "Java c'est pas de la mente a l'eau/Java c'est du rock'n roll/Java c'est le vrai son parigo"
2曲目はリス・ゴーティ Lys Gauty のヒット曲「過ぎゆくはしけ」《Le chaland qui passe》(1993年)のイントロをサンプリングしている。古き良き時代の音を数秒聴かせて、すぐに自分たちの音楽に移行していく。シャレのきいた趣向。「ペペート」は俗語で「お金」のこと。お金に「きみ」と呼びかける設定で歌う。「誰もがきみの後を追うけど、僕が追いつくのはいつもビリ」。なんか、身につまされるなあ…。なかで、ジャック・ブレル Jacques Brelの名曲「行かないで」《Ne me quitte pas》の一節が引用されているのも楽しい。逃げ足の速いお金に「行かないで」と声をかけるわけだ。川柳にも「これ小判 せめて一晩いておくれ」っていうのがあったっけ 。
アルバム・タイトルでもある「ハワイ」(5)では、緩やかなテンポの伴奏でエルヴァンは朗読を披露。歌詞もなかなか深い事を語っている。続いてこう歌う。「それから僕の夢はハワイ諸島までさまよう」"Alors mon reve s'egare jusqu'aux iles d'Hawai" 常夏の国の讃歌ではない。あれこれ思い巡らした果てに、彼の夢は遠くまで迷いの度に出るのだ。
次の「メトロ(地下鉄)」はミディアム・テンポ。パリの地下鉄の駅名がこれでもかと言わんばかりにちりばめられて、面白い効果を作り出す。これまた、語呂合わせやダジャレの連続。エルヴァンの高度な言語感覚に目を見張る。
ひとつの歌ができるプロセスを歌詞にしているのが「セ・ラ・ヴィ(それが人生さ)」(8)。誰にもウケるような曲作りに没頭して疲れ、気分転換にカフェへ行こうと思い立つエルヴァン。通りで美女に出会った瞬間、「それが人生さ 微笑む女/ベッドでのちょっとした言葉」で始まるルフランが見つかった。この発想も面白い。
詩人の感性と魂を持つエルヴァンは、しっかりと良質のシャンソン・フランセーズの伝統に連なっている。それをいまの時代のコンテクストのなかで、時にラップ・ミュージックの力を借りたりしながら、更新し続けているのだ。彼らの今後が楽しみだ。
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