シャルル・アズナヴールのニュー・アルバム。タイトルはごくシンプルに「アズナヴール2000」。端的に、いまのアズナヴールを表現する。シャンソンの作者として、シンガーとして変化し続けながらも、変わることのない信念と情熱が全曲にみなぎっている。50年という時の流れに磨かれ、身につけた余裕ある歌い方には熟成したワインにも似た趣が漂う。
冒頭は「ジャズが戻って来た」。ロッシュとアズナヴールというデュエットを組んでいた頃からジャズは彼のお得意の表現手段だったので、自然な配置と言えるだろう。この前のアルバム「ジャズナヴール」(東芝EMI TOCP-65120)でも旧作をジャジーに歌い直していた。本作でもアレンジはジャズを基本に置いている。アレンジャーはイヴァン・カッサールYvan Cassar。現在のアズナヴールの心臓の鼓動に恐らくぴったり合ったビートをそれぞれの曲にまとわせているのだろう。ビッグ・バンドでもコンボでも、のびのびと歌いこなすアズナヴールに声の衰えや乱れはない。悪声を非難されたことなど遥かな昔語りになってから久しいけれど、彼のように年を重ね、キャリアを積むごとに声に艶が出て来続ける歌手もそういないのではないだろうか。
肉体的な意味も含めて愛を歌わせたら天下一品のアズナヴール。76歳の今日も愛は重要なテーマだ。ボレロ風のバックが印象的な「きみの腕のなかで」(3)ではこんな風に歌う。「きみの腕のなかで/歓びがあふれる時/きみの腕のなかで/夢見て震える」。
「私は怖い」(7)では、愛されなくなる恐れを歌ってもいる。「私は怖い/この心は自制がきかない/しばしば不安で いつでも嫉妬深い」。まるで恋を知り始めた少年のような心の動きではないか。
かと思うと「服を着て」(8)では、一転して大人のエロティスムが顔を出す。歓びを最大限にするために女性に着衣のままでいるように望むのだ。「服を着ておいでなさい/より強くあなたがほしくなるでしょう」。
ナイス・バディの女性の美しさを自動車にたとえた「フォーミュラ・ワン」(10)もシャレがきいている。コースを駆け抜けて行くレーシング・カー暗示するかのように、トランペットやサックスがスピード感あふれる演奏を聴かせる。
1956年に発表された「愛のあとで」。新曲のなかにただ一曲、彼はこの旧作を入れた。ベッドのなかでの事を歌うなんて、と悪口を叩かれたこの曲をそれでも彼はずっと歌い続けてきた。そして、このジャンルの第一人者として誰もが認めるシンガーとなった。ピアノ、ベース、ドラムス、ミューテッド・トランペットの伴奏でしみじみ歌う彼の姿に、ある種の勝利宣言みたいなものを感じるのは僕ひとりだろうか。
栄光の絶頂にいながら自殺してしまった女性シンガーダリダヘのオマージュ「ステージからセーヌ川ヘ」(12)のアレンジはちょっとカントリー&ウェスタン風。「人々はまだ書くだろう/彼女は彼女は落ち着いて歩いた/後継者のために/ステージからセーヌ川まで/定めに従って」。フランスのショー・ビジネス界に咲いた大輪の花への惜別の情がにじむ作品だ。
元気で色気あるアズナヴールがここにいる。
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