有名なパリの地下鉄。いまその構内ではフランスの若きミュージシャンたちが、ライヴで生の音を響かせています。しかし、乗車したくても張りめぐらされたパリのメトロポリタンにはナビゲーターが必要なのも事実。このコーナーではシャンソンの水先案内人を大野修平がつとめます。
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Jean Corti
《Couka》

Mon Slip MS01

〈曲目〉

  1. Amazone
  2. Coudes a coudes
  3. Violine
  4. C'etait bien
  5. Si Versailles m'eatit conte
  6. Cabotine
  7. Le temps des cerises
  8. Couka
  9. Le chaland qui passe
  10. Tocade
  11. Makako
  12. Amazone
   

 デジパック仕立てのジャケットって温かみが感じられていいなぁ。特に、このジャン・コルティのようなミュージシャンの作品を包み込むのにはピッタリじゃないだろうか。
 このジャケットのデザインは、フランスで活躍中のグループのなかでも人気、実力ともにトップレベルにある、レ・テット・レッド Les Tetes Raides のそれと共通している。それもそのはず、ジャン・コルティは自分よりずっと若い彼らと共演している。ソロアルバムはこれが初めてというこのヴェテラン・アコーディオニストに、レ・テット・レッドのジャケット・デザインを手がけているレ・シャ・プレも喜んで協力したというわけだろう。
 クーカとは、添付されているブックレットの裏表紙に、アコーディオンの傍らにちょこんと座り込んでいる牝のワンちゃんのこと。これまたジャン・コルティの人柄をしのばせる、心和む写真だ。8曲目が彼女のための曲になっている。

 レ・テット・レッドにとって、ジャン・コルティはなくてはならない存在のようで、彼らのアルバムにも必ず顔を出している。年齢の差を越えて、いい音楽をめざして一緒に熱い魂をぶつけ合う。聴いていて気持ちがいい。
 ここではテット・レッドからギタリストのセルジュ・ペグー、ドラマーのジャン=リュック・ミヨが参加している。
 かと思えば、ジャン=フィリップ・ヴィレ(ドラムス)、クリスティアン・エスクーデ(ギター)、フィリップ・コンベル(コントラバス)といったジャズ・ミュージシャンとの共演もあって、時にスリリングな演奏が楽しめる。

 1929年、北イタリア、ベルガモ生まれのジャン・コルティはジャック・ブレルと出会い(58年)、10年間にわたって彼の伴奏を務めた。そればかりでなく、ブレルに次のような曲を提供している作曲者でもある。「ブルジョワの嘆き」「マドレーヌ」「老夫婦」「見せ物の牛」「ティティーヌ」。
 ブレルの他にもコラ・ヴォケールやバルバラ、モーリス・ファノンの伴奏者としても知られている。

 詳細な曲目解説は向風三郎さんのライナーノーツにお任せしたい。気がついたことだけをひとつ、二つ書いておこう。
 いい演奏というものはあっという間に終わってしまうなぁ、というのがこのアルバムを聴く度に抱く感想だ。どの曲も冗長にならず、さりとて物足りなさを感じさせることもない。ほど良い加減に作られているから、無理なく聴ける。

 アコーディオンって、人間の肺のような蛇腹を持っている楽器だ。だから、弾き手の呼吸や感情の高ぶりなどが、まるで声にそれらが出るように音にも反映されるように思える。
 スローの場合にそれがよりくっきりと現われるようだ。ブールヴィルやジュリエット・グレコも歌った4曲目の「昔はよかった」(「失われた踊り場」という邦題もある)。
 そして「桜んぼの実る頃」(7)の物静かな語りかけ。さらに「過ぎ行くはしけ」(9)の切なさ。
 どれも、ため息混じりの心情吐露といった趣がある。

 このアルバムはクァルテットによる「アマゾンヌ」に始まり、まるで円環が閉じるように、同じ曲のソロ演奏で終わる。いずれも確かなテクニックに裏打ちされた名演奏で、どちらがいいなんて言えない。
 ジャン・コルティという素晴らしいアコーディオニストの、決して押しつけがましくない才能の流露に酔うばかりだ。