有名なパリの地下鉄。いまその構内ではフランスの若きミュージシャンたちが、ライヴで生の音を響かせています。しかし、乗車したくても張りめぐらされたパリのメトロポリタンにはナビゲーターが必要なのも事実。このコーナーではシャンソンの水先案内人を大野修平がつとめます。
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「暗い日曜日〜トリビュート」
 RECS-0008

〈参加アーティスト〉

  1. 大西ユカリと新世界
  2. ROM-chiaki
  3. Cave Gaze Wagon
  4. サブ&まみ
  5. NUU
  6. 新井英一
  7. 冴木杏奈
  8. 薩めぐみ
  9. 夏木マリ(作:嶽本野ばら)
  10. Damia
   

 アルバム・タイトルから分るように「暗い日曜日」ただ1曲を、様々なアーティストたちがそれぞれの音楽性で染め上げている。
 でも、いま、なぜこの曲なんだろう。
 当然の疑問が湧く。実は映画「暗い日曜日」(監督・脚本:ロルフ・シューベル)が5月25日から公開されるのに合わせた企画ものだ。

 ひとりのアーティストが歌ったヒット曲の数々を、多数の別のアーティストたちが歌うという形での「トリビュート」アルバムは多い。が、1曲のみを多彩なヴァージョンで、というのはそう多くはない。そうした試みに耐えるほどの曲も少ないということなのだろう。
 このように一堂に会したスタイルは始めての試みではあるけれど、しかし、これまでに何人もいる。

 正直言って、シャンソンを聴き始めた頃から好きになれなかった曲だった。歌詞があまりに暗く、救いのない内容だから。
 この歌の主人公“私”は花束を抱え、二人の思い出の部屋に入る。立ち去った恋人を思いながら、“私”は死んでゆく、両の目を見開いたまま。いつかはこの部屋にやって来るだろう恋人にこう言い残す。「でも あなたを見ることのできない 私の目を怖がらないで」…。
 発表当時の1930年代、ラジオアから流れるこの曲を聴いて自殺する人が続出し、放送禁止の憂き目に遭ったという。
 そうしたことを知るにつれ、さらにこの歌が重苦しく感じられたのだった。どんなに辛い、悲しいことを歌っても、どこかに希望のかけらでも見出せるものが僕は好きだ。歌を聴いてたっぷり涙を流したら、よし、また明日から新しい一歩を踏み出そう。シャンソンでも、ポピュラーや歌謡曲でも、そんな気持ちにさせてくれる歌がいい。その思いはいまも変わらない。
 こうした歌を否定するつもりはないけれど、僕には打ち震えるほど共感できないまま、今日まできたことを告白しておこう。

 が、僕のつまらない感慨はそこまで。
 こうして改めて聴き返してみるとこの曲、メロディーは実に心にしみるものを持っているな、と思う。
 特にテルミンを使ったROM-chiaki(2)や、サブ&まみのアコーディオン演奏ではその感を強くする。聴く者の心をつかまえずにはおかない、その哀切さがストレートに迫ってくるようだ。
 どんなスタイルや思い入れを込めて歌われても「暗い日曜日」が存在感のある曲であることを、このアルバムは示した。

 シャンソン・フランセーズの流れに位置する歌としては、やはりダミアの抑えた歌い方が印象的で。10曲目で聴くことができる。
 冴木杏奈(7)の安定したヴォーカルはあまり感情を入れ過ぎないところが聴きやすく、歌詞がこちらの耳にしっかり届く。
 薩めぐみ(8)の声を久しぶりに聴いた。芝居の語りのような歌い方だが、やや力が入り過ぎているようにも感じられる。
 「暗い日曜日」をモティーフに、オリジナルな朗読劇に仕上がっているのが、夏木マリ(9)。芝居という観点から言えば、台詞まわしが断然優れている。ひとふしくらい歌ってくれたら、と思うのは欲張りすぎだろうか。
 何といっても歌に力があるのは新井英一だ。(6)魂のヴァイブレーションが彼の周囲の空気を震わせ、聴く者の耳と心を内側から揺さぶるのだ。やるせない思いが、痛いほどに伝わってくる。

 こうして「暗い日曜日」は“伝説”と手を携えながら時代を超えた。