やらなければならない仕事があるのに、スランプ気味な日々が続いていた。何とか気持ちを奮い立たせようとしても身体ごと仕事からUターンしてしまう。
それでも少しずつ、そんな状況から脱け出しつつある。根っからの怠け者というわけじゃない自分を見出してほっとする。
予定ではとっくに平凡社から上梓しているはずの本で手間取っている。評論家・北中正和さんの仲立ちもあって知り合い、『ピアフ 愛の手紙 あなたのためのあたし』を出版することができたのは、同社の編集者Sさんのおかげだった。
その本が書店に納入される前から、Sさんは次の企画を持ちかけてくれた。
この件は以前にも本欄に書いたけれど繰り返す。僕の好きなシャンソン・フランセーズのアーティストを数名について原詞と対訳を並べて語るように、という内容。願ってもない企画だ。
プログレッシヴ・ロックやバート・バカラックなど多彩なテーマに基づくシリーズの1巻として発売することになっている。ブルーの装丁で統一されたシックな作りの本。打ち合わせしながら、完成した姿を思い描いて興奮を覚えた。
ところが、すぐに頭を抱えてしまった。「好きなアーティスト」を絞り込むのが至難の業なのだ。取り上げたいアーティストは数限りない。それぞれが1冊の本に値するような人たちだから。
本全体のページ数は決まっている。涙を呑んでお引取りいただかなければならない人の方が圧倒的に多くなる理屈。選ばれなかったアーティストたちには、何だか申し訳ないような気持ちになってしまう。
「7月には出しましょう」。Sさんはそう言ってくれた。いま10月…。
これまでに何回か念を押されたけれど、あちらもご多忙の身。矢の催促ではないのをいいことに、当方は思案投げ首。そうこうするうちに、自分の力不足を感じてきてスランプ状態に陥ってしまったというお粗末。
先日もSさんから1冊の本が送られてきた。『ビートルズ日本盤よ、永遠に 60年代の日本ポップス文化とビートルズ』。著者は音楽評論家・恩蔵茂さん。
あのスーパースター4人組を売った歴代レコードディレクター諸氏に綿密にインタヴューしてまとめられた本で、時代の空気が写し取られていて楽しい。
でも、読み耽ってばかりいてはいけないんじゃないか、と気づく。これはSさんの尻叩きに他ならないように思えてきたのだった。
迷いに迷った人選に決断を下さなければ何ひとつ前には進まない。どうにか14人を選び出した。あとひとり入れたいなぁ、とまだ悩んでいる。
原詞と対訳を掲げるからといって、作品論に終始したら読者は飽きてしまうかもしれない。そこで、そのアーティストの人となりを示すエピソードも添えよう、と思いついた。シャンソン・フランセーズ史上に名を残すほどの人なら、何かしら興味深い話が語り継がれているはずだ。
ジャック・ブレルも選んだ。当然の選択と言えるだろう。今年は没後25周年に当たることでもあるし。(とはいっても、年内に本を出せそうにないけど…)
ひとつ気に入っているエピソードがあるのだけれど、いまひとつ裏が取れていない。同じ内容の話が異なった資料のなかに見当たらないと、やはり少し不安が残ってしまうからなぁ。ベルギーに本拠を置くジャック・ブレル財団(Fondation Jacques Brel http://www.jacquesbrel.be/)に問い合わせる手もある。でも返事を貰えるとは限らないから、代案も用意しておかなければならない。
東京ヴァリエテ倶楽部のうさ公さんからメールが届いた。ご主人とブリュッセルに行ったそうだ。「現地はとても寒くて、コートにセーターでした」とある。
> コクトーが世界一美しい広場と称したグラン・プラス近くの
> ギャルリー・ド・ラ・レーヌのCDショップに行った際の写真を
> アップします。売場の中は、フランスのCDが多くて、
> ベルギー出身のアーティストの見出しには国旗シールが
> 貼ってありました。
> フランス同様、ブレルの生まれ故郷のベルギーでも没後25周年の
> 様々なイベントがあるようです。(しかし、フランス語圏の
> ブリュッセルのみ?)
>
> 乗り継ぎのチューリッヒ空港ではラジオから流れるパトリシアの
> 曲が偶然聞けてにんまり。
> ちなみに、《If you go away》だったので、これまたブレル絡み。
同倶楽部の共有ファイルにアップされた写真を見た。たしかにCDショップにブレルの特別盤が賑やかに並んでいる。

写真提供:うさ公さん(東京ヴァリエテ倶楽部メンバー)
このところ《Comme quand on etait beau》と題するDVDが出ているし、16枚組のボックスセットもリリースされたばかり。これには1977年にレコーディングされた未発表曲5曲も含まれていて興味津々。
1998年に出たトリビュート・アルバム《Aux suivant(s)》に、新たにベナバール、エッフェルが歌う2曲を加えたアルバムもお目見えしている。どれもこれもほしくなってしまう。
うさ公さんはもともとパトリシア・カースのファン。そこでチューリッヒ空港で彼女の声を聞けて嬉しい気分になられた。しかもその曲、英語のタイトルになっているけれど、まぎれもなくブレルの名曲「行かないで」。微笑みのわけが分ろうというもの。
うさ公さんはその他にも、ベルギーの首都のあちこちで同時開催されている記念イヴェント「ブレル、ブリュッセル、2003」《Brel Bruxelles 2003》http://www.brel-2003.be/intro/intro.htm についての情報もくださった。
そのWebサイトに飛んでみた。ブリュッセルの夜景写真の上に目次がある。それぞれの項目をクリックすれば知りたい情報にアクセスできる。
市街図に沿ってブレルが散策しただろう地区をたどるコースが用意されている。
ブレル財団が主催する展覧会の案内もある。「ブレル、夢見る権利」《Brel,le droit de rever》。ブレルが来訪者に自身の人生を語りかけてくるような雰囲気を作り出しているそうだ。
今年3月から始まっているのでなかには終わってしまった催し物などもある。
10月いっぱいが会期のようだから、いまからでも間に合うものを「その他のイヴェント」《Autres evenements》というコーナーで確認できる。
今月にブリュッセルに行く予定のある方は、ぜひご覧になられてはいかがだろうか。
自作のシャンソン「ブリュッセル」で描いた街の様子は1900年頃のものだ、とブレルは評論家ジャン・クルゥゼに語っている。彼自身が育った時代の街にはあまり愛着を持っていなかったらしい。(Jean Clouzet《Jacques Brel 1/de Bruxelles a Amsterdam》p.80 ed.Seghers 1988)
1929年生まれの作者自身も見ていない街の姿ならば、いま現地に行けない僕のような者も「ブレル、ブリュッセル、2003」のサイトをさまよい歩きながら、思うさま空想の翼を広げることも許されよう。