♪「シャンソンを貴方に…」〜シャンソン情報TV番組オンエアのご案内〜
東京メトロポリタンテレビジョン(MXTV)・群馬テレビ(GTV)において毎回多彩なゲストをお迎えして見ごたえのある30分番組となっています。
[出演]芦野宏/小林力(p)他 [監修]大野修平
   
☆TOKYO MXTV⇒
10月2日(木) 21h00〜21h30 ゲスト:有光雅子
10月16日(木) 21h00〜21h30 再放送
11月6日(木) 21h00〜21h30 ゲスト:深緑夏代
11月20日(木) 21h00〜21h30 再放送
12月4日(木) 21h00〜21h30 2003年総集編
12月18日(木) 21h00〜21h30 再放送
  ☆群馬テレビ⇒
10月8日(水) 22h00〜22h30 ゲスト:有光雅子
10月15日(水) 22h00〜22h30 再放送
11月12日(水) 22h00〜22h30 ゲスト:深緑夏代
11月19日(水) 22h00〜22h30 再放送
12月10日(水) 22h00〜22h30 2003年総集編
12月17日(水) 22h00〜22h30 再放送
この「修平のひとりごと」は、2ヶ月ごとに削除いたしますので、必要な方はご自分で保存してください。(管理人)
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「天気晴朗なれども波高し」  10月24日(金)晴れ

 

 昨日は秋晴れの空が広がった。午後になってから曇ってきたかと思うと、夕刻近くには雨が降り、雷まで鳴り出した。天気予報ではこんなことは言ってなかったのに、いったいどうしたことだろう。

 ふと、昼に見たTVのニュースを思い出した。小泉純一郎首相が中曽根康弘元首相に勇退のお願いをしに行く話題だ。
 比例選挙単独候補に対して、自民党は73歳定年制を例外なく適用することを決めている。党の若返りを印象づけたいという意向があるようだ。そこで、続投の意思を明らかにしている中曽根氏(85歳)、宮沢喜一元首相(84歳)に引退を迫ることになった。さて、小泉さんは猫の首に鈴をつけられるのか。

 平河町にある事務所に入ろうとする中曽根氏に、待ち構えている記者が心境を尋ねる。返事は簡潔にひと言。
 「天気晴朗なれども波高し、だな」。
 太平洋戦争中、内務省に入り、東京府属海軍主計中尉を務めた経歴もあってか、口を突いて出る言葉は勇ましい。

 1905年(明治38年)、日露戦争のハイライトとも言うべき日本海海戦。連合艦隊の秋山真之参謀が大本営に打った電報の文面の末尾に「天気晴朗なれども波高し」が添えられた。その直後、対馬海峡に現われたロシア・バルチック艦隊を迎え撃つために「三笠」などの戦艦が発進したのだった。
 中曽根さん、連合艦隊並みの気合いの入れようだったのかな。

 小泉首相との会談を終えた中曽根氏が、憤懣やるかたないといった面持ちで唇を震わせながら怒っている姿が、続いてTV画面に映し出された。
 「総理・総裁をやった者に、突如として爆弾を投げるようなものだ。一種の政治的テロだ。こんな非礼なやり方はないじゃないか」。
 「引退は断じて了承できない」という気持ちが強くにじんでいた。
 それが天に通じたものだろうか、雨の勢いは実に凄まじかった。

 1996年、橋本内閣の下で行なわれた衆院選の候補者調整で合意された「比例北関東の候補者の最上位とし、終身処遇する」との約束を盾に、中曽根氏は「辞めない」と主張している。
 73歳定年制はその後に決まったことなのだから、終身処遇決定との調整を図る作業はやはり必要なんじゃないかな。何しろ相手は大勲位菊花大綬章まで受章(1997年)している政治家。何回か足を運ぶとか、然るべき礼を尽くしながら説得を試みるべきだと思う。

 中曽根さんはタカ派として知られている。若い頃には颯爽たる論客で、「青年将校」とか、「緋おどしの鎧を着た若武者」などとも仇名された、いまも憲法改正への情熱を持ち続ける人だ。
 総理大臣に就任後の1983年、「日本を不沈空母にする」と発言して当時のロナルド・レーガン米大統領を喜ばせ、日本国民を驚かせたこともある。
 政界の動向を見極めるのがうまいということで、「風見鶏」というニックネームもあったなぁ。

 宮沢元首相は自ら小泉さんの意向に沿う意見を表明した。あっさりと引退を認めたのだ。「総理・総裁に恥をかかせるわけにはいかない」というコメントに、小泉さんへの配慮を見せた。
 同氏の政治的スタンスは一貫してハト派だった。引き際にも両者の違いがくっきりと現われた。

 ちょいと気分を変えてみよう。
 そっくり人形の館(http://www.geocities.jp/jktanrin/index.html)という面白いサイトがある。館長は人形作家・イラストレーターの山本淳一さん。どれもこれも楽しい。
 「ニュースステーション」で使用された中曽根さんと宮沢さんの人形の写真も紹介されている。
 中曽根さんは風見鶏人形として登場。向かって右を向いているのだが、マウスポインタを当てるとくるっと反対を向くようになっているのが笑える。
 宮沢さんは、映画『スターウォーズ』に出ていたヨーダに擬せられている。なるほど、そう言われてみれば似てるよなぁ。人形作家の卓抜なアイディアとセンスに唸らされる。

 「老人はいらないという印象を持たせることになれば、全国の老人はみんな反感を持つ」と中曽根さんは言い放った。
 果たしてそうだろうか。
 小泉さんは「老人はいらない」とは言っていない。「決め事を守っていただきたい」と申し入れているだけだ。
 教育基本法改正や憲法改正といった自分の追い続けてきたテーマが、やっと自民党の政治スケジュールに上ってきた、と言う。だからもっと議員をやらせてくれ、というわけだ。
 でも、どうなんだろうな、後のことは他の人に任せてみたら。

 出処進退については東洋の知恵がある。
 特に「退」にはその人物がそのまま出る、と言われる。そして、「退」においては「良き後継者を選ぶ」「仕事に対する執着を断ち切る」の二つをやらなければならない、とされる。
 中曽根さんは首相の座を明け渡す時にはそれをやってのけたのだから、今回だってできないはずはないと思うんだけれども。
 いまこそ風見鶏になる勇気を持っていただければと思う。

   


   

オン、それともオフ?   10月23日(木)晴れ

 

 来週月曜日から「読書週間」が始まる。主催は社団法人・読書推進運動協議会(http://dokusyo.or.jp/www/)で、会期は10月27日(月)から11月9日(日)。
 10月になると、「赤い羽」募金運動に続いて思い出される秋の恒例行事だ。今年の標語は「ありますか?好きだといえる1冊が…」。
 僕などはあり過ぎて「この1冊」と言えない。あれも、これも好きなのだから。

 これに似た質問を受けることがある。「一番好きなシャンソン歌手は誰?」というもの。答に窮してしまうんだなぁ、こういうの。だって誰かひとりだけに決められるはずがないじゃないの。シャンソン・フランセーズの世界には、実に個性豊かな歌手がたくさんいるのだから。

 若い世代の活字離れが進んでいる、とよく言われる。果たしてそうなんだろうか。本という形で読まれる「活字」ではないにしても、彼らは文字を読むことを嫌っているわけではなんじゃないかと僕は思っている。
 電車のなかでも、路上でもどこでも、携帯電話の画面に表示されるメールの文章を読んだり、巧みにボタンを操って返信を入力する彼らの姿をよく見かけるからだ。

 若者たちは手を動かして書く手紙を敬遠しても、携帯メールには飛びついている。手軽に答を得られるツールだからなんだろう。
 相手からメールが来れば、何がしかのことを書いて送り返さなければならない。手書きの時代とはまた違った読み書き行為が日々繰り返されているというわけだ。
 これはこれで結構なことじゃないだろうか。

 パソコンのワープロソフトなどはありがたいことに、かな、ローマ字による入力どちらでもあっと言う間に漢字に変換してくれる。その便利さの故に、いざ自分の手で書こうとすると漢字を忘れてしまっていて書けない、ということがあるとも聞く。
 でも、変換された漢字が正しいかどうか判断がつかなければ、キーボードを叩いて出て来た候補の一番上にある文字をとりあえず選んでしまう、なんてことになりかねない。
 そうならないためには、数多く本を読んで漢字や言葉の用い方を覚えるしかない。これはどんなに時代が移ろうと変わらない真理だ。

 いまのところ、僕は漢字を忘れるまでには至っていない。ただ、ひとつ困ったことがある。手書き文字のバランスが少し妙になってきているのだ。ありていに言ってしまえば、下手になっているということだ。
 特にボールペンで書く文字がいけない。以前からボールペンは苦手だった。どことなくぎごちなくなってしまう。文字のどの画にも均等に力をこめなければならないからだろうか。

 宅配便の宛名書きなどをする時によく分るのだけれども、あの筆記具はカーボンコピーを取るには向いている。何枚か重なった伝票の最初の1枚に記入すれば、自動的にその下にある「お客様控え」などの紙にコピーができるようになっている。
 ボールペンというのはだからビジネスには向いているというわけだ。

 万年筆や鉛筆で書く感触が手に馴染んでいた。これらの筆記具なら、文字の一部分ですっと力を抜いて書くことができるからだ。
 紙にインクがしみ込んでいったり、柔らかめの芯(メモ用にはいまも2Bのペンシルホルダーを使っている)が紙にこすりつけられて形を成してゆくさまを眺めながら書き進めるのが楽しかったものだ。

 本を読むことは僕にとっては食事をしたり、ワインを飲んだりすることと同じように日常的な行為だ。いつでも本を手に取り、読むことが当たり前の状態と言っていい。
 電車のなかでも読む。文庫や新書など、ハンディな版型のものなら吊革にぶら下がりながらでも読める。時には単行本だって車内で読むこともある。
 読書するための環境として「明窓浄机」が理想ではあるけれども、わが家にはそんな恵まれた環境があるわけじゃない。積み上げた本の間にある狭苦しいスペースが“浄机”なんぞとはほど遠い。あまり本を重ねてしまうと窓から射し込んでくる陽の光が遮られてしまうこともある。“明窓”とも縁が薄い。
 で、いつでも読みたくなったら、読む。場所は選ばないのだ。

 ある調査結果に興味を惹かれた。「オンライン書店利用経験者のオンライン書店同士の使い分けは10%、使い分けには至らず?」(japan.internet.com 9月29日付)という記事だ。
 オンライン書店で本を購入したことがある十代から五十代以上の男女ヘのアンケートの結果が出ている。

 1カ月のどのくらい本を買うか。オンライン書店、オフライン書店(実店舗)合わせて、2〜3冊が39%で最も多い。1冊未満という利用者は23%。
 店を構えている本屋さんを「オフライン書店」と言い表わすのはこれで初めて知った。時代だなぁ、とつくづく思う。
 それはともかく、オンライン書店だけによる1カ月の購入頻度は2〜3冊が7%、1冊未満の利用者は74%となっている。
 オンライン書店利用者がオンライン、オフライン両方の書店を使い分けているという事情が浮かび上がる。しかも、購入するのは実際の書店で、という人が多いことも分る。

 オンライン書店を利用する理由としては「オフライン書店に行く必要がない」、「時間にこだわらず、いつでも注文できる」など、オンラインならではのメリットが挙がっている。また、「本の検索がしやすい」、「本の品揃えが良い」といった点も評価され、これらを合わせて全回答の半数を超えている。
 オンライン書店同士を使い分けているか、という質問もある。使い分けている利用者は10%に留まり、使い分けている人は少ないようだ。

 パソコンを始める前、フランス語の本を探すためには、欧明社やフランス図書といった専門店か、紀伊国屋、イエナなどの洋書を扱っている書店に出向くしかなかった。絶版や手に入りにくいアイテムは、神田神保町の田村書店の棚で見つかることもあった。

 いまでは僕もたまにオンライン書店を利用することがある。 フランス語の新刊はアラパージュ Alapage、フナック Fnac、 アマゾン Amazon が便利だ。古書ならシャピトル Chapitre という手が使える。
 ほんと便利になったものだとつくづく思う。

 それでもやはり、実際に本を手に取ってパラパラとページをめくりながら眺めるというあの楽しみは何ものにも換えがたいなぁ。
 その本が面白いかどうかという見当をつけることができる。その本との相性みたいなものも、手で触っているうちに何となく感じ取ることもできるのだから。

 オンライン書店もいいけれど、オフライン書店(この言い方にはまだ戸惑いがあるなぁ)の良さは残り続けるだろう。新刊、古本を問わず、実際の書店での本漁りの楽しみを僕はいつまでも手放すことはない。

 さて、あなたはオン、それともオフ?

   


   

出る杭は打たれたのか  10月22日(水) 雨

 

 アジア太平洋経済協力会議(APEC)が閉幕した。肝腎の経済討議においては、あまり大きな成果が見られなかったと伝えられている。
 世界貿易機関(WTO)が提唱する新ラウンドは9月に決裂した。先進国と途上国との利害を調整しながらそれを立て直すことを目指そう、というのがAPECの狙いだったはず。
 ところが報道によると、各国はグローバルな大義名分よりも、二国間における自由貿易協定(FTA)の締結という目先の利益と結びつく経済外交に精を出したようだ。理想は尊重するが、どの国も自国に有利な貿易体制を打ち立てたいという国家エゴが見え隠れする。国益優先という考え方はまぁ、当然ではあるけれども。

 ところで、今年は「日本・ASEAN交流年2003」だったと、遅れ馳せながらつい先日知った。しかも、わが国の外務省がそのイメージ・キャラクターとしてコンピュータ・グラフィックス(CG)で親善大使を作ったというので同省のWebサイトを覗いてみた。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/asean/2003_cg/index.html

 「日本・ASEAN交流年2003」実行委員会がそのCG親善大使の名前を一般公募したところ、全国から801件の応募があったそうだ。「なでしこ」「愛」「あき」「あすか」といった名前が寄せられた。なかでも最も多かった日本的なイメージを表わすというわけで応募数が最も多かった「さくら」と、二番目に多かった「さなえ」とを組み合わせ、「さくら さなえ」とすることが決まったのだった。
「さなえ」"SANAE"という綴りの文字を入れ替えると"ASEAN"(東南アジア諸国連合)になる、という点も考慮されたのだとか。
 何となくお堅いんじゃないかと思っていた外務省がこんなアナグラムを楽しむとは、意外な思いがする。頭の柔らかいところもあるんだなぁ。

 面白いのは、このヴァーチャル親善大使「さくら さなえ」さんのプロフィルが用意されていること。
 それによると、出生地は東京。2003年生まれで、いきなり23歳(!?)。身長は163cm。美大に通う3年生で、専攻は油絵。スキューバダイビング、「源氏物語」などの伝統文学を熟読、J-Popsと雅楽を等しく愛聴、旅行が趣味だという。将来の夢はASEANと日本を飛び回るフリー(美術関係)レポーター。寿司、ラーメン、エスニック料理、トロピカルフルーツなどを好む。
 まさに絵に描いたような、日本の伝統的な女性と現代っ子をミックスしたといった感じの若い女性。実際にこういう人がいたら素敵だろうなぁ…。
 「さくら さなえ」さんはASEAN関係のポスターやサイトなどで、交流行事の紹介を担う。見かけたら「頑張ってね」と声のひとつもかけてあげたいな。

 外務省がこうした柔らかい発想をするのは悪くないと思う。
 ところが、相変わらず硬直した役所なんだなぁと感じさせられることもしているからがっかりさせられる。
 前駐レバノン特命全権大使・天木直人氏の解任劇だ。10月7日、川口順子外務大臣はこの措置を「若返り人事の一環」であり、「適材適所の通常の人事だ」と説明している。が、傍目にはどうも出る杭が打たれたようにしか見えないんだけどなぁ。

 というのも、この解雇の原因は、天木氏が任地から川口外相に送った2本の公電(3月14日、24日)がきっかけだったとする報道があり、なるほどなと思わされるからだ。
 同氏は前者ではイラク戦争回避を、後者では一刻も早い戦争終結をそれぞれ外交努力によって成し遂げるべきだ、と進言しておられる。
 外交官として、人間として誠実で勇気ある行動だと思う。が、外務省ではこれを外交官という立場を踏み越えた発言と受け止めたのだった。アメリカとの同盟関係を最優先する政府と外務省にしてみれば反逆者と映ったのだろう。

 実は天木氏の著書『さらば外務省! 私は小泉首相と売国官僚を許さない』(講談社)をまだ読んでいない。
 でも、天木氏の真情がにじみ出た文章を読んだ。財団法人・中東調査会サイト内に掲載された「そして戦争が始まった」だ。
http://www.meij.or.jp/countries/lebanon/amaki92.htm
 テレビ画面に映し出される破壊行為を直視した同氏はこう書いた。「何があってもこのような事態を避ける、それが外交なのだ」。

 そのとおりだと思う。何が何でもイラクを叩く、という勢いのアメリカ。それを支持する小泉首相の姿勢に物申すことがなぜいけないんだろうか。外務省にはそうしたことはタブー視されているんだろう。
 同省トップにあえて諫言を呈した天木氏は、まさに「物言えば唇寒し」の憂き目に遭ってしまったことになる。

 外務省はこんな姿勢でいいんだろうか。
 「出る杭は打たれる」のが同省の体質なんて古臭過ぎないか。こんなムラ意識みたいなものを抱えていて、諸外国を相手に21世紀を渡って行くことができるんだろうか。
 天木氏の意見は省内では少数派かもしれない。でも、大方とは異なる意見に耳を傾けることができなくて、どうして小国や途上国の立場に思いを致すことができるんだろう。

 言いたいことをはっきり言わず、議論を尽くすこともせず、まわりの顔色を気にして右顧左眄し、結局は長い物に巻かれる…。こんな日本の“伝統”を守ろうとしているんだろうか、外務省は。
 天木氏のほかにも「出る杭」が“伏魔殿”に出現してくれることを願いたい。

   


   

物言えば…  10月21日(火) 曇り

 

 道路公団総裁の藤井治芳さんという御仁は、なかなかしたたかだ。石原伸晃・国土交通大臣の思惑どおりにその地位を去る気配を見せない。早々と辞任を拒否したかと思うと、17日に行なわれた「聴聞」の折には、自分を解任させようとする国交省側に反論を繰り広げて見せた。

 おそらく誰もがもっとスムーズに事が運ぶと思っていたんじゃないだろうか。新しい大臣が登場して、任命権者として藤井氏に「お辞めください」と言えば、「ははぁ」と引き下がるだろう、と。
 ところがそうはなっていない。藤井氏側は訴訟も辞さない勢いで徹底抗戦の構えを見せている。

 折しも選挙を控えた今日この頃。安倍晋三自民党幹事長、石原大臣とも遊説先の各地で藤井総裁への批判を口にした。同氏を名指して「あの人は嘘つき」といった表現が飛び出している。
 その言葉尻をとらえ、藤井総裁の弁護士は「名誉毀損だ」と抗議した。石原、安倍両氏にしてみれば、選挙演説の場でつい気合が入って威勢のいい言葉を口走ってしまったのだろう。

 それを藤井総裁側に逆手に取られてしまった格好だ。このままでは選挙にも影響を及ぼさないとも言えないんじゃないだろうか。
 いまのところ、「自民党か民主党 どちらを支持するか」というマスコミのアンケートでは「自民党」が優勢という結果が出ている。しかし、藤井総裁側がさらに争う姿勢を貫けば、自民党のイメージダウンにつながらないとも限らない。 自民党・政府としては“悪代官”を追放して点数を稼ごうと目論んだのに、選挙してみたら勝利の女神は民主党に微笑んでいた、なんていう状況になったらこれまでの努力は水の泡。

 「おぼしきこといわぬは、げにぞ腹膨るるここちしける」と言う。
 思ったことを率直に口にするのは精神衛生上も好ましい。僕もそう思う。日々こうして思ったこと、感じたままを書きつけているから、僕には妙なストレスは溜まらない。

 石原・安倍両氏も思っていることをそのまま喋ったのだろう。国民の多くが同じ思いを抱いていると考え、それを代弁するつもりがあったのかもしれない。
 まぁ、観客としては歯切れのいい物言いに拍手のひとつも送りながら楽しませて貰っているけれども、これからどうなるんでしょうね。

 「おぼしきこと」を言っているのは藤井総裁もご同様。父親の代から道路行政を一手に牛耳ってきた、というプライドもあるんだろう。強気で発言している。
 さらに年功序列でがんじがらめの官僚体質。石原大臣だろうが誰だろうが、彼から見ればみな「若僧」に過ぎない。「そんな連中の言うことなんぞちゃんちゃらおかしくて聞いてはおられん」といったところなんだろうな。

 どちらのサイドも言いたいことを言い合う。これは民主主義の基本だから歓迎したい。両陣営とも力の限り、攻めたり守ったり頑張ってほしい。言葉のスポーツみたいな、見応えのある舌戦を期待したいものだ。
 法律に照らして理路整然と主張を述べる総裁側に対して、論拠が少し弱いようにも見受けられる攻め手側だけれども…。

 言いたいことをどんどん言えるのが、自由で民主的な社会である証だ。何でもあり、というわけではないのはもちろんのこと。発言する者にはそれなりの節度とか品位が求められる。
 「毒饅頭」なんていう言葉にはインパクトがあって、今年の「流行語大賞」候補かもしれないけれど、あまりいい感じはしないなぁ。

 昨夜の天気予報では、ひょっとしたら今日にも木枯らしが吹くかもしれないということだった。木枯らしを表わすもうひとつの漢字がある。「凩」。秋から初冬にかけての冷たい風にさらされて立つ木が想い起こされる。表意文字の面白味が感じられる。

 そんな風が吹きすさぶなかで口を開けば、まさにこういうことになるだろう。「物言えば唇寒し秋の風」。
 これは芭蕉が晩年に詠んだ句。作られた年月日ははっきりしないけれども、貞亨元年から元禄年間と言われる。
 この句の前には「座右之銘」が添えられている。いわく、「人の短をいふ事なかれ 己が長をとく事なかれ」。その後に「物いへば唇寒し秋の風」と続く。
 「人の欠点をあげつらうな、自慢するな」とあるせいか、教訓めいた趣が感じられる。

 そこからいま流布している意味が導き出された。
 「余計なことを言うとそれが元でつまらないことが起きるから、なるべくそうしたことは言わない方がいい」という、一見もっともらしい解釈だ。
 似たような諺を引用すれば「口は禍(わざわい)の門(かど)」や「言わぬが花」がある。

 身分制度がかっちりと決まっていた封建社会ならいざ知らず、いまのご時世でもこれを金科玉条のごとくに守っている人たちもいるようだ。事なかれ主義と批判されることの多い官僚体質の持ち主たちだ。言葉を武器としているはずの政治家のなかにもこの主義の信奉者がいる。情けない限りだ。

 ここで戻って考えてみよう。
 石原・安倍両氏は藤井総裁の解任を急ぐあまり、「人の短をいふ」ことに走ってしまってはいないか。批判するべき点をきちんと批判するのはいい。が、ことさらに相手を悪しざまに言うようなことは慎重に避けた方がいいんじゃないだろうか。
 それが芭蕉が掲げた「物言えば…」の精神だろう。
 人の悪口を言ったり、自分のことをあまりに持ち上げて喋った後には、どこか空しい思いに駆られるものだ。「ああ、あんなこと言わなきゃよかった」と。そうした物言いだけを退ければいいのであって、自分の意見を一切述べない方がいいと主張しているわけではないのだ。ここはしっかり押さえておきたい。

 何も言わない方が無難だ、という意味での「物言えば…」ばかりじゃつまらない。せっかく自由な世のなかなんだから、言いたいことは表に出せばいい。とはいえ、先にも書いたように、他人への配慮は忘れてはなるまい。ラテン語の格言にもこんなのがある。
 「言葉と武器は傷つける」"Et arma et verba vulnerant

 言いたいことは言いつつも、人を傷つけることのないように気をつけたいと思う。

   


   

記憶すること、信じること―『アララトの聖母』を観て―
10月20日(月)曇り

 

 気になっていた映画を先週金曜日に観た。『アララトの聖母』(監督:アトム・エゴヤン)。敬愛するシャルル・アズナヴールが重要な役で出演している、と聞いていた。上映館は日比谷のスカラ座2。
 アララトといえば、アルメニア共和国とトルコ共和国国境にある、標高5165メートルの山。アルメニア移民の両親を持つ彼が出ているのだから観たい、という気持ちが強かった。
 四十日四十夜降り続いた雨による洪水の間あちこち漂流した果てにノアの箱舟がにたどり着いたのがアララト山頂だった、という記述が旧約聖書「創世記」8章4節に見える。
 また、この山の名前を冠したブランデーもよく知られている。

 映画が始まって間もなく、アズナヴールが登場する。エドワード・サロヤンというアルメニアの映画監督の役柄で、カナダのトロントにやって来る。アララト山麓で1915年に起きたトルコ人によるアルメニア人虐殺(注)を映画化するためだ。その構想の基となったのは、アメリカ人医師クラレンス・アッシャーの著作だった。映画では、ブルース・グリーンウッドがこのアッシャーに扮する俳優マーティン・ハートコート役を演じる。

 サロヤンは脚本家のルーベン(エリック・ボゴシアン)とシナリオの構想を練るうちに、アーシル・ゴーキー(サイモン・アブカリアン)という画家に注目する。彼はその虐殺で母を失い、アメリカのボストンに移住して美術を学び、「芸術家と母親」を描いた。少年時代のアーシルを映画に登場させることをサロヤンは考えつき、ゴーキーの研究者であるアニ(アルシネ・カンジャン)に協力を依頼する。

 アニは二度の結婚歴があった。最初の夫はアルメニアの自由を求める戦いのなかでトルコ大使の暗殺を企て、警官に射殺された。彼を英雄視している。その夫との間の息子が18歳のラフィ(デヴィッド・アルペイ)。彼は父親がテロリストか英雄か、と悩む。
 二番目の夫との娘シリア(マリ=ジョゼ・クローズ)とラフィとは義兄妹の間柄でありながら恋人同士。彼女は父親の死はアニに責任があると思っており、ことあるごとに敵意をむき出しにする。

 ラフィはサロヤンの撮影現場で雑用係として働く。アルメニア、ヴァンの地で繰り広げられた虐殺に関わったトルコ総督を演じるアリ(イライアス・コティーズ)の迫真の演技を見たラフィは憤りを覚える。

 トルコ系のアリはそれまで虐殺の事実を知らずにいた。この映画に出演して感動したことを撮影後、率直にサロヤン監督に告げる。黙って聴くサロヤン。民族の悲しい歴史を肌で知っている老監督と、能天気なまでに無知な新人俳優との隔たりが浮き彫りになる。
 監督はラフィにアリを自宅まで送って行くように命じる。「彼にシャンパンを1本買ってやれ」と紙幣を渡しながら。

 アリを送り届けたラフィのなかに何かが目覚めていた。アルメニア人としての自己意識というべきものだろう。アリが俳優として敵役を演じただけであることは分っていても、彼を赦せない気分になっていた。アリは反論する。「自分はカナダで生まれ育った。きみもそうだろう」。そして「シャンパンを抜いて仲直りしよう」と提案する。が、ラフィはその申し出に背を向けた。アリの演技に満足した監督からのプレゼントのシャンパンだったのだが。

 父が何のために生き、死んでいったかを知ろうとラフィはアララト山へと向かう。目にした物をビデオカメラに記録していく。
 アフタマルで聖母子像を見つける。聖母マリアの傍らにたたずむ幼子イエスが岩に刻まれていた。ゴーキーの絵「芸術家と母親」のモティーフとそっくりだ。ラフィはそこに亡き父やゴーキーの心の原点を見出す。

 貴重な発見を胸にカナダへ帰国するラフィ。が、持ち帰ったフィルム缶を空港の税関で開けることを拒否したため、検査官デヴィッド(クリストファー・プラマー)の取調べを受けることになる。デヴィッドには美術館に勤める息子フィリップ(ブレント・カーヴァー)がいるのだが、このところ父子の仲がうまく行っていない。フィリップには同性の恋人がいたからだ。その相手が役者のアリだった。
 何かを隠していると直感した老練な検査官デヴィッドは、ラフィを問い詰める。ラフィの話は二転三転する。映画に挿入するための素材を撮影したものだと言い張った。が、デヴィッドの目の前でラフィが母のアニにかけた電話から真実が発覚してしまう。ラフィが手伝っていたサロヤン監督の映画はすでに完成しており、いままさに披露パーティーが開かれるところだったのだ。
 もはや言い逃れはできない。
 実はラフィはアララト山を案内してくれた地元民からフィルム缶を運ぶことを頼まれ、承諾したのだった。中身が何であるかを確かめもせずに。

 遂にフィルム缶の蓋を開けることに同意するラフィ。「灯りを消してください」と懇願する。「なぜだ」とデヴィッド。「フィルムが台無しになるといけないので」。真っ暗闇のなかで老検査官は部屋の灯りを消す。缶が開けられる音。その後、どうやら中身は映画用フィルムではないのではないか。デヴィッドの反応を通して観客もそう感じる。ラフィは最後まで缶の中身がフィルムだと信じて疑わない。
 いったい缶には何が入っていたのか。老検査官が疑ったとおりに粉末ヘロインか。それとも、ラフィの言うようにフィルムなのか。それは明らかにはされない。
 次の場面では、解放されたラフィが取調室を出て行くところが映し出される。、外にはパーティー会場から迎えに駆けつけた母が息子を待っていた。

 デヴィッドはその日が検査官としての最後の仕事だった。引退を前にしたラフィとのやり取りを通じて、彼のなかで何かが変わった。人の言い分を聞き、先入観や疑いを差し挟まずに信じること。

 トルコはいまだに1915年のアルメニア人虐殺を公式に認めていないという。しかし、被害者のアルメニア人たちはその歴史的事実を忘れることはない。他国民の証言者もいる。トルコがどれほど黙殺しようとも、現実を消し去ることはできない。
 勝利者の歴史には書き込まれることのない事実。しかし、それは民族の記憶として語り継がれてきた。これからもそうだろう。記憶しておくこと、忘れないことこそが、理不尽な死を強いられた犠牲者たちを追悼することになるはずだから。
 この映画のなかで、カナダに生まれ育ったという設定のラフィのなかに芽生えていったのもその思いだったろう。
 加害者たちの手によって闇に葬られてしまう歴史を信じることの大切さ。
 ラフィもまた、フィルム缶を自分に預けたアルメニア人の言い分を取調室の暗闇のなかでも信じ抜いた。

 信ずるに足るものは何かをはっきりと自分で見極めるのは容易なことではない。が、物事の真の姿を見失わないためには自分で確かめ、思いをめぐらすことをやめてはならない。そうしないと、ある勢力にとって都合のいい事柄しか見聞きできないような事態が起こらないとも限らないから。

 20世紀のジェノサイド(虐殺)は、ナチス・ドイツによってユダヤ人に対して行なわれただけではない。
 ロマ(ジプシー)の人たちへの残虐行為があったことを、トニー・ガトリフ監督映画『僕のスウィング』で知った。
 そしてこの『アララトの聖母』で、アルメニア人虐殺を映像を通して受け取った。

 この映画を観て、人間が時として愚かしいほど悪魔的になってしまうことの恐ろしさを改めて思い知らされた。
 こうした暴挙が繰り返されないためにも、自分の心も見張り続けたいと考える。

   

注:この事実に関する記述が以下のサイトに収録されている。

「第一次大戦」
 http://ww1.m78.com/index.html内「トルコ参戦」から次のページへ。

「アルメニア人の虐殺」
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