シャンソン・フランセーズの偉大な歌手二人が、10月にこの世を去っている。
エディット・ピアフ Edith Piaf が1963年10月11日、ジャック・ブレルJacques Brel は1978年10月9日が命日だ。それぞれ今年が没後40周年、25周年に当たる。
ピアフ、ブレルともに、凝ったデザインのコンピレーション・アルバムが発売されている。
「アコーディオン弾き」《L'accordeoniste》というヒット曲を持つピアフ、まさにアコーディオンの形をしたボックスセット《Accordeon》が出た。8000セット限定、全413曲収録で、そのうちの6曲が未発表のものだそうだ。あっと言う間に売り切れてしまうんだろうな。
ピアフではこの他に43曲入り2枚組の《Eternelle》『エテルネル』(永遠の女性、といった意味)もある。
可愛らしいボンボンの缶にCDが詰まっているのが、ブレルのコンピレーション盤。(10月2日付当欄「ブリュッセル便りをいただいた」で、東京ヴァリエテ倶楽部のうさ公さんがブリュッセルのCDショップで撮られた写真を掲載)
なぜボンボンの缶? 彼のシャンソン「ボンボン」《Les bonbons》の歌詞が下敷きになっているのが、ブレルを知る者なら察しがつくはず。
あなたにボンボンを持ってきました
花ははかないものだから
それにボンボンって とてもおいしいから
Je vous ai apporte les bonbons
Parce que la fleur c'est perissable
Puis les bonbons c'eat tellement bon
もちろん、ブレルのシャンソンも枯れたり、腐ったりしはしない。
アコーディオンやボンボン缶にCDを納めるなんていう遊び心、実に楽しい。いずれも、日本のレコード会社では出してくれそうにないのが残念でならない。シャンソン・フランセーズをめぐる彼我の事情の違いを痛いほど思い知らされるのは、こういう時だ。
遺作となるアルバム《Brel》(邦題『偉大なる魂の復活』)をブレルがレコーディングしたのは1977年9月のことだった。ステージからの引退を決め、オランピア劇場でさよなら公演をしてから11年の月日が過ぎていた。「もう言うべきことは何もない」というのが身を退く理由だった。
しかし、彼にはまだ言うべき事柄があった。
ジェラール・ジュアネスト Gerard Jouannest、フランソワ・ローベ Francois Rauber といった昔の仲間がスタジオに集まった。
肺の具合が芳しくないので、1日に2、3曲くらいずつしかレコーディングを進めることができなかったという。そうやって全12曲を収録したアルバムが完成した。
ジャック・ブレルは肺血栓で亡くなった。最後を看取ったのは、故国ベルギーからマルキーズ(マルケサス)諸島へ移り住んだ時に連れ添っていたマドリー、マネージャーの二人。
が、その他にも数人の病院関係者がいた。彼が入院していたラエネク病院の女性看護士、カトリーヌ・アドニスもそのひとりだ。その著書『看護婦のまなざし』《Le regard de'une infirmiere》(ed.Plon 1987)には、療養中や臨終の様子が記されている。スターを追い駆ける芸能ジャーナリズムとはまた違った、冷静かつ細やかな気遣いのこもった書き方に終始している。
マドリーに付き添われてブレルがカトリーヌ・アドニスの前に姿を現わすのは、その1年後の7月。病状は時に快方に向かうこともあったようだ。
アドニスは回想録のなかで述べている。ブレルは決して自分の境遇を嘆いたり、責めたりすることはなかった、と。自分自身が病気を惹き起こしたことを問題にしていたのだった。彼女はブレルの告白を何度か聞いていた。「僕はまったく愚かでした。仕事のある夜には50本以上もタバコを吸ったこともあるんです」。
過度の喫煙が彼の命を縮めたらしい。
運命の時がやって来る。
10月9日午前3時30分、注射の時間。ブレルは尋ねた。「なぜ僕のためにそうしたすべてのことをしてくださるんですか、アドニスさん」。彼はもうすぐ命が尽きることを察知していたのだろうか。
病室から出て自分の事務室に戻る。と、リュシアン・イスラエル医師が付き添いの看護婦と一緒にブレルの病室に入って行った。看護婦がアドニスのもとに来て、臨終を告げた。
最後にアドニスはこう書いている。
1978年10月9日月曜日、午前4時。
私の事務室から、マネージャーが電話でラジオ局各社にニュースを知らせているのが見える。午前中いっぱい、各局が彼のシャンソンを流すだろう。それらを聴くのは私たちにはあまりに辛過ぎる。
Lundi 9 octobre 1978,4 heure du matin.
Deouis mon bureau, son impresario telephone aux stations radio pour leur annoncer la nouvelle. Tote la matinee, ses chansons passeront sur l'ensemble des chaines. Nous avons trop de peine pour les ecouter.(ibid. p.125)
ブレル逝去の知らせは、こうして僕たちにもたらされたのだった。
実は、先に挙げたアルバムに収録されなかったシャンソンが5曲あった。気に入らなかったらしく、ブレル本人が外したと伝えられている。
もっとも、そのタイトルと歌詞だけは、1982年に刊行された《Jacques Brel OEuvres integrale》(ed.Robert Laffont)『ジャック・ブレル全作品集』に掲載されている。僕も読んだことはある。
しかし、どんな曲なのかはまったく分らなかった。それが彼の没後25周年に当たる今年、ようやく陽の目を見ることになった。
ユニヴァーサル・フランスのファブリス・デュバール Fabrice Dubard さんが、ご親切にもその5曲が入った2枚組《BREL infiniement》(Barclay/Universal 980 839-6)を送ってくださったので、さっそく聴いた。

《BREL infiniment》(Barclay/Universal 980 839-6)
未発表曲を含む2枚組 全40曲を収録
CD1の冒頭「見果てぬ夢」の次から、未発表曲が続く。心憎い並べ方だ。誰しも早く聴きたいと思う曲を前に置いてある。
まず初めは《La cathedrale》「大聖堂」。その建物を大きな船に見立て、イギリスの上にロープを繰り出せ、というスケールの大きい歌になっている。アコーディオンの音がゆったりと大海原を船が進むような雰囲気を醸し出す。カモメの鳴き声も効果音として添えられている。
次は《L'amour est mort》「愛は死んだ」。ピアノの音が先行し、やがてストリングスや管楽器が加わってゆく。愛が冷めてしまった二人。部屋に置かれたピアノは家具となり果てている。「彼女は自分が歌っていたことを忘れ、彼は彼女が歌っていたことを忘れた」。愛と熱狂に満ちた日々は遠く、感動のない時間がただ過ぎ行く。
《Mai 40》「40年5月」は悲しい日付だ。この年の5月10日、ドイツ軍がベルギーに侵攻したのだ。第二次世界大戦はもう目の前に迫っていた。
ジャズのビッグバンドみたいな陽気な曲調。しかし、11歳の彼は浮かれてはいない。その時に意識したのは、自分のなかの「ベルギー人らしさ」"bergitude だった。
そして、それぞれのクゥプレの最終行に歌われる女たちの描写が冴える。最初のクゥプレでは「男たちにしがみつく」。次は「子供たちにしがみつく」。続いて「自分たちの流す涙にしがみつく」。最後は「沈黙にしがみつく」。女たちはこうして状況の激変にも耐えてきたのだ。
《Avec elegance》「エレガンスを持って」。失望を感じていながらも、生きる意志を捨てることのない男たちの姿が描かれる。「彼らはいつも恐れていることを知っている、臆病の重さを知っている。エレガンスを持って絶望している」。
エレガンスとは、人間としての誇りを表わしているのだろうか。
《Sans exigence》「要求もなしに」では、低く響くオルガンの音色に誘い出されるようにブレルは歌い出す。ためらっているかのようにハープシコードの音が絡んでくる。
この歌の主人公は、女の冷たい仕打ちを前にしてあまりに控えめ過ぎること、受け身でいること、洞察力のなさを嘆いている。
5曲を繰り返し聴いてみて、なぜブレルがこれらのシャンソンをしまい込んでしまったのか、その理由がよく分らない、というのが素直な印象だ、些細な点をもおろそかにしないのがブレル流だから、ご本人には納得のいかないことがあったのだろう。
生きることをおろそかにしないブレルの姿勢が、これらのシャンソンでも貫かれていることを改めて知った。
自分を偽らずに生きること。それは口で言うほど簡単ではない。でもたまに、そうやって生きたブレルのシャンソンに我とわが身を照らしてみるのもいい。贅肉のついた生き方を反省するよすがとなりそうだ。
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〈曲目〉
CD 1
1.La quete/2.La cathedrale/3.L'amour est mort/4.Mai 40/5.Avec elegance/
6.Sans exigence/7.Les Marquises/8.Orly/9.La ville s'endormait/10.Jojo/11.J'arrive/12.Quand on n'a que l'amour/13. Le plat pays/14.Mon enfance/15.Les vieux/16.La chanson de Jacky/17.La valse a mille temps/18.Le prochain amour/19.La chanson des vieux amants/20.Ne me quitte pas
CD 2
1.Amsterdam/2.L bierre/3.Bruxelles/4.Le diable"Ca va"/5.Il nous faut regarader/6.L'enfance/7.Ces gens-la/8.Les bonbons/9.Les flamandes/10.Les bourgeois/11.Jef/12.Mathilde/13.Marieke/14.Madeleine/15.Les bigotes/16.Vesoul/17.Le moribond/18.Au suivant/19.Le dernier repas/20.Je suis un soir d'ete