♪「シャンソンを貴方に…」〜シャンソン情報TV番組オンエアのご案内〜
東京メトロポリタンテレビジョン(MXTV)・群馬テレビ(GTV)において毎回多彩なゲストをお迎えして見ごたえのある30分番組となっています。
[出演]芦野宏/小林力(p)他 [監修]大野修平
   
☆TOKYO MXTV⇒
10月2日(木) 21h00〜21h30 ゲスト:有光雅子
10月16日(木) 21h00〜21h30 再放送
11月6日(木) 21h00〜21h30 ゲスト:深緑夏代
11月20日(木) 21h00〜21h30 再放送
12月4日(木) 21h00〜21h30 2003年総集編
12月18日(木) 21h00〜21h30 再放送
  ☆群馬テレビ⇒
10月8日(水) 22h00〜22h30 ゲスト:有光雅子
10月15日(水) 22h00〜22h30 再放送
11月12日(水) 22h00〜22h30 ゲスト:深緑夏代
11月19日(水) 22h00〜22h30 再放送
12月10日(水) 22h00〜22h30 2003年総集編
12月17日(水) 22h00〜22h30 再放送
この「修平のひとりごと」は、2ヶ月ごとに削除いたしますので、必要な方はご自分で保存してください。(管理人)
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11月14日(金)はれ

 

  仕事の都合により本日休載いたします。
  あしからずご了承ください。      大野修平

   


   

地形図の記号が語りかけてくる  11月13日(木)はれ

 

 地形図という言葉を久しぶりに聞いた。昨日のTVニュースでのこと。夕刊紙面にも同じ文字があった。
 中学校や高校の山岳部にいた頃、山には必ず5万分の1地形図を持って入ったものだ。土地や山の標高、沢筋や谷の様子、目的地までの距離など知るのに便利で欠かせない地図だ。

 紐で肩からぶら下げることのできるビニール製の地図ケースを売っているけれど、僕たちは使わなかった。サイズが大きく、使い勝手がいまひとつだったから。それに、いかにも初心者っぽい感じが敬遠されたなぁ。
 ではどうするか。むき出しのまま、掌に入るサイズに折り畳む。その方がケースを下げて歩くよりも軽快でもある。それをシャツやズボンのポケットに入れておき、休憩時間などにさっと取り出して周辺の地形などを確かめるのだ。

 5万分の1地形図の畳み方は先輩から教わった。まず、地図が印刷された大きな面の四方にある外枠に沿って外側に折る。と、凡例だの、縮尺だのといった付帯事項は折られた側にまわり、目に入るのは地図面だけになる。それを縦半分に折り、さらに半分ずつにしてゆく。それを掌サイズまで折り畳んでゆけばいい。

 地形図から山の姿などをはっきりと、つかみやすくする方法がある。概念図を作るのだ。地図上で山の尾根を示す線を太く、沢を示す線を細く鉛筆か何かで強調すると、山岳地の骨格がくっきりと浮かび上がってくる。
 それを別の白紙に写し、ピーク(山頂)、山小屋、水場などの情報を記しておけば便利な概念図の出来上がり。

 山とはまったく関係ないけれど、この概念図に似ているな、と勝手に思っているものがある。
 本を読む際に印象に残ったり、重要だと感じた箇所に線を引く。傍線では迫力に欠けるので、蛍光色のマーカーでキーワードや1行の幅でしっかりと塗りつぶす、と言った方がいいかな。すると、Web検索などでも見かけるキーワードの「強調表示」みたいになる。こうした方が傍線よりも確実に目立つ。
 何ページにも渡ってマーキングしていくと、自分が読み取った文章のポイントが地の文から鮮やかに立ち上がってくる。その姿が山で使う概念図に見えてくる。著者の言わんとするところが、ちょうど概念図上に示された尾根のように眺め渡せるようになるのだ。

 このやり方は板坂元さんかの著書からの受け売り。線を引く筆記具として勧めておられたのはダーマトグラフ。
 紙だけでなく、ガラスやプラスティック面などにも書ける色鉛筆といったもので、太い芯のまわりを包む木の皮を、備えつけの紐を引いてくるくると剥きながら使う。マーカーがいまほど普及する前だったから、すぐに真似をしたっけ。

 5万分の1よりもさらにズームアップして詳しいのは、2万5千分の1地形図だ。町や村の様子が手に取るように記載されていて見やすい。
 その2万5千分の1地形図の規格が新しくなった、という発表があった。先に書いたようにTVや新聞で報道されたけれど、見逃した人は国土地理院のサイト(http://www.gsi.go.jp/)でも確かめられる。

 国土地理院(院長 星埜由尚[ほしの よしひさ]氏)の発表によると、新しく発売される埼玉県の「岩槻」「浦和」「上尾」「与野」の4面について、いくつかの変更が加えられた。
 測量の仕方が全地球測位システム(GPS)を使った世界測地系になった。隣接した地域の図と重複した部分を持たせ、地形図1枚の区画を大きくした。
 そして、書体が明朝体からゴシック体になる。さらに、新たな記号が加えられた。それが博物館と図書館。分りやすい記号だと思う。
 博物館や美術館の記号はギリシアの神殿を、図書館の記号は開いた本をイメージして作られている。

 
博物館記号 図書館記号

 美術館や博物館をフランス語で「ミュゼ」"musee"と呼ぶ。普通、女性名詞の語尾につく無音のeがあるけれど、れっきとした男性名詞。他の多くの単語と同じく、これも「ムーセーウム」"museum"というラテン語から入った。面白いことに、ラテン語では中性名詞とされる。英語ではそのままの綴りで「ミュージアム」と言っている。ところが、同じ綴りでもフランス語になると「ミュゼオム」と発音し、自然科学の博物館を指すことになる。

 「ムーセーウム」は「ムーサたちの社」の意味がある。ラテン語にはギリシア語から入っている。ムーサとはフランス語や英語でも同じくミューズ Muse と呼ばれる、学芸を司るギリシア・ローマ神話の女神のこと。ギリシア語の複数形では「ムーサイ」。
 神話では、9柱(女神様だから“9人”というのも変だし…)いると伝える。カリオペーは叙事詩、クレイオーは歴史、エウテルペーは抒情詩、といった具合に受け持つジャンルが決まっている。
 学問や芸術はそうした女神たちに守られている、と古代ギリシア・ローマの人々は考えたのだった。
 国土地理院はこの新しい記号を採用するに当たって、そうした伝統に敬意を表したのだろう。

 これまでも、地図記号はひと目でパッと分るようなものが多かった。分銅=銀行、鳥居=神社、卍=寺、文=学校などは覚えやすい。○から立ち昇る3本線が湯気を表わす温泉、なんていうのもよく知られている。官公署の記号は「公」という漢字を図案化したものだろう。
 象形文字の流れを汲む漢字には物の形や有様がうまく写し取られている。
 神殿風の建物=博物館、開かれた本=図書館という新しい記号は、漢字から離れたイラスト風な印象を受ける。これまた分りやすい点がいい。シンプルだからこそ、見る人に何かを物語ってくれるようでもある。
 こうした柔らかい発想のお役所仕事なら歓迎したい。

   


   

お 詫 び  11月12日(水)

 

いつもご来訪ありがとうございます。
勝手ながら、デスクトップ、ノートパソコンともにシステムのアップデートなどのメンテナンスのため、今日の「ひとりごと」は休ませていただきます。
何しろ、時間のかかる作業が続きますので…。
またお越しください。

大野修平

   


   

言葉を息づかせる楽しさ  11月11日(火)

 

 毎月第1金曜日と第2土曜日は、銀座産経学園でシャンソン講座を行なう日。
 日本橋の三越文化センターがビルの建て替えをするので、こちらに教室を移転して続けさせていただいている。昨年3月からのことだから、早いものでもう1年8カ月過ぎたことになる。

 金曜日はシャンソンをフランス語で歌う講座。今年初めに刊行した『シャンソンで覚えるフランス語―1』(第三書房)を教科書として使っている。好評につき、この本の第2集を出すべくいま作業中だ。
 CDカラオケがついている本なので、それをかけながら一緒に歌ってシャンソンを学ぶ。元々そのシャンソンを歌ったオリジナル歌手のヴァージョンに乗せて歌うこともある。先週7日はエディット・ピアフの歌声に合わせて「愛の讃歌」《Hymne a l'amour》を練習した。

 土曜日の講座は「シャンソンのベル・エポック」と題する。特に第一次世界大戦までのフランスを指す時代のシャンソン・フランセーズだけを取り上げるわけではない。語呂がいい、ということで三越文化センターの元担当者が命名したもの。こちらの講座は通算13年目を数える。自分でもよく続いているな、と思う。
 当初、銀座産経学園に移ったばかりの頃は人が減ってしまうのではないかと心配した。が、いまは受講生の数が増えて教室が狭く感じられるほど。ありがたいことだ。

 先週8日は「青色のジャヴァ」《La java bleue》をテーマに選んだ。こちらの講座では、パトリック・ブリュエル Patrick Bruelの2枚組CD 《Entre-deux》『アントゥル=ドゥ』(BMG-74321926812)を使用する。
 映画俳優でもある人気歌手ブリュエルが、両世界大戦間の時代、1930・40年代に流行ったシャンソンの数々を新たなアレンジで歌ったアルバム。シャルル・アズナヴールやジョニー・アリデイ、ダニエル・ダリューといった大ヴェテランとのデュエットも話題になった。
 このアルバム、時代を超えた名曲が収録されていることもあってか、いまやフランスでは200万枚を超えるヒットを記録している。

 「青色のジャヴァ」はシャントゥーズ・レアリスト(女性現実派シャンソン歌手)フレエル Frehel のレパートリー。教室では、彼女の略歴なども振り返りながら話を進めた。パトリック・ブリュエルのヴァージョンとフレエルのそれを聴き比べる。さらに、原詞と対訳のコピーも用意して受講生の方々に配る。それを基に原詞の一句一句を味わうように、時間をかけて解説を加えてゆく。

 ジャヴァの曲調はアコーディオンで伴奏され、軽快でテンポがいい。それに合った歌詞がついているので、歌いやすい。そこで、フレエルの歌を聴きながら、受講生の方たちと歌うことを呼びかけた。土曜日の講座は歌うためのクラスではないけれど、シャンソンを楽しむのが主眼なのだから、そんな枠組みにとらわれる必要なんてないと思う。いろいろなやり方を通してシャンソン・フランセーズの楽しさを伝えるのが僕の仕事、と心得ているから。

 もちろん、受講生の方たちの反応を常に見ている。「気分が乗ってるな」と判断したら、一緒に声を出して原詞を読み上げたり、歌ったりする方向へ誘う。対訳を見ながら聴くだけでは味わえない楽しさをきっと感じていただけるはずだから。

 予想は的中した。初めはおずおずと僕の後について原詞を1行ずつ読み上げていた方たちも、やがて大きな声で歌い始めてくださる。何回かそうやってフランス語の単語の読み方を指導すれば、それは可能なのだ。みなさんが気持ち良さそうに歌う姿を目にするのは何とも嬉しい。

 そう、誰でもやればできる。フランス語で歌うのは難しい、なんていう思い込みは吹き飛ばすことができると僕は考えている。
 要は繰り返し声に出すこと、これだけ。

 昨日の午後、わが家の外を学校帰りの中学生の女の子が二人通り過ぎて行った。
 雑談を交わしながらではない。何と『平家物語』の冒頭を二人で暗唱していたのだ。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり…」。溌剌とした、澄んだ声が遠ざかって行った。
 感動的とまではいかないけれども、これまた嬉しい気分になった。彼女たちは明らかに暗唱することを楽しんでいるのは間違いない。そうでなければ、あんなに明るい声は出ないはずだ。

 いかにも楽しそうに朗読しながら通り過ぎて行った女の子たち。
 彼女たちを受け持つ先生は、明治学院大学教授・齋藤孝さんの著書『声に出して読みたい日本語』(草思社 2001年)の趣旨に賛同しているのかもしれない。
 言葉を息づかせる楽しさを、もっと子供たちに教えるべきだと考える。耳から覚える言葉もとても大切だから。いや、子供たちに限らない。僕たち大人もその楽しさを取り戻したい。

 詩や物語、韻文でも散文でも、そしてシャンソン・フランセーズも声に出して朗読、暗唱することによって、書かれた言葉にまるで翼が生えるように息づき始める。
 嘘だと思うなら、いますぐ試してご覧になることを勧めたい。

   


   

手元に残った「お知らせ」を眺めながら  11月10日(月)雨

 

 手元に2枚の紙片がある。正式な名称はちと長い。「衆議院議員選挙 最高裁判所裁判官国民審査 投票所のお知らせ」。
 その「お知らせ」の表には娘と息子の名前が印刷されている。その右には投票所である中学校まで道のりを示す地図。いまの住まいに引越ししてきてからすでに数回足を運んでいる場所だから、何をいまさらという気もした。

 この2枚の「お知らせ」が残っているということは、わが家の娘と息子は投票に行かなかった事実を示している。「今度の選挙はいままでになく面白いことになりそうだ」と、娘には言っていたのに。
 「うん、行くよ」と彼女は答えていたのだけれど、土曜日は友だちに会いに出かけ、そのまま帰って来なかった。息子はいま家を離れているので、話しようもない。

 娘はいま、声帯に変調をきたしている。痙攣性発声障害と診断された。普通に喋るのが困難なのだ。
 雑誌編集の仕事がハードで、その上編集長を任じられ、肩にのしかかる責任の重みが応えているようだ。25歳とはいえ、ほとんど毎日のように帰宅は深夜、朝も10時までには出社、という暮らしには無理があるようだ。
 で、思うように声が出なくなってしまった。いま、リハビリのため専門病院に通っている。

 身体は正直なもの。会社に行くとなると、嗄れた声で喋るのがやっと。が、友人たちと遊びに出かける時は、笑うのも喋るのもさほど不自由を感じていない様子だ。まぁ、友だち連中と会って飲んだり食べたりしながら仕事のストレスを発散するのが何よりなんだろう。そう思って、娘の行動を大目に見ている。

 投票に行くのかどうか、娘の携帯電話にメールを入れた。すぐには返事がなかった。やっと返信が来たのは夕方5時近かった。「M(息子の名前)のライヴを観たから選挙に行けない」という内容。
 幼かった頃はそうでもなかったけれど、娘は弟思いになってきたものだ。

 そうだったのか。美容師の見習いを辞め、音楽の道に進む決意をした息子。彼のバンドがオーディションのため、吉祥寺の某ライヴハウスに出たのだという。合格すれば、そこに出演してギャラを貰えるようになるはずだ。
 息子としては、演奏の出来具合について忌憚のない意見を姉から聞きたかった、ということなのだった。

 そんなわけで、娘と息子は昨日、選挙権を行使しなかった。で、彼らに送られて来た「お知らせ」が僕の手元に残ることになった。僕の気持ちとしては、ぜひ投票してほしかったのだが…。
 投票所に行けないのなら、不在者投票をすればいいのに。僕はそう思う。

 若い世代の政治への無関心ぶりが残念でならない。どうして、自分の意思を反映させることのできる、またとないチャンスをみすみす逃してしまうんだろうか。
 「自分ひとりくらい棄権したところでどうってことないだろう」といった考えなのかなぁ。若い人たちにこそ「いまの政治に物申す」というくらいの意気込みを持ってほしい。

 聞くところによると、投票率と天気とは関係があるそうだ。
 晴れればいい、というものではないというから面白い。あまりにいい天気だと、いまの季節なら紅葉なんかを見に出かけてしまったりする人も多いのだろう。要するに、選挙なんかよりも行楽の方がいい、というわけ。まぁ、その気持ち分らないでもないけど。

 では、どんな天気だったら投票率は上がるのか。
 「曇後小雨」。統計によるとこれがいいという。いまの憲法の下で行なわれた1947年以来20回の衆院選で、最も投票率が高かったのは「曇後小雨」だった。「晴」の日の投票率は2位と最低、という記録があると聞いた。

 昨日、そんな空模様となった。投票率が伸びるかと期待したけれど、そうではなかった。小選挙区選では59.86%という結果に終わった。ずいぶん低い。前回2000年の62.49%を2・63ポイント下回った、と報じられている。比例選も59.82%で、前回の62.45%を下回ったのだという。
 政治や政治家に愛想をつかした人たちが多いのだろうか。いずれにしても、いい傾向ではない。妙な諦め気分がこのまま日本中に蔓延しないでくれればいいが。自分がやらなくても誰かがやってくれるだろう、なんていう他力本願はやめたい。

 選挙結果は与党が絶対安定多数を勝ち取った。政権交代を狙う民主党は過半数には及ばなかったものの、177議席を獲得。二大政党への道筋がついたと言えるだろう。237議席を得たとはいえ、10議席を失った自民党も安閑としてはいられまい。

 「マニフェスト選挙」と言われ、選挙運動中のその場限りの空約束よりも、政党の掲げる政策の中身が問われるようになったのはいいことだ。
 いち早くマニフェストを打ち上げた民主党が比例第一党となった。小泉流構造改革が思うように進んでいないいま、有権者が変化を求めていることがこのことを見ても明らかとなった形だ。

 手元に残された「お知らせ」の紙片に再び目をやる。ここにあるのは、無効になっ二人分の票。
 「1票の格差」はいまも存在する。1議席当たりの人口格差は2.138倍と言われる。都市部の有権者を二人合わせても、他の地方の有権者ひとりの票の重みには及ばない、ということになる。
 だからといって、せっかく手にしている票を無駄にしていいということにはならない。娘と息子には再びそのことを言って聞かせなくちゃ。

 低落する投票行動への関心を何とか引き上げる方法はないものだろうか。
 本来はインセンティヴなんかなくても、有権者は投票所に足を運ぶべきだと思う。が、選挙にもう少し遊びの要素を取り入れるのも手かもしれない。
 選挙でトトカルチョをしたらどうだ、という意見もある。しかし、誰が当選していくら貰えるか、という点にばかり興味が集中して肝腎の投票行動に結びつかなかったら困るなぁ。

 経済書の翻訳者であり、コンピュータ、小説などの執筆者でもある山形浩生さんも著書『新教養主義宣言』(晶文社 1999年)で、思い切った提案をしている。
 主張はズバリ「選挙権を売ろう! 市場性民主主義の提言」。実に明快にこう言ってのける。「選挙権の売買を合法化するのだ」。(同書 p.211)
 びっくりする発言だけれども、読んでみると面白い。

 選挙ごとにひとり1票ではなく、10票を持ったらどうか。そして、そのうちの3票くらいを売りに出してもいいじゃないか、というのだ。
 「でも、金で買った1票と、考え抜いたおれの1票とが同じだと悔しいから、市場に流れた票は手元に残した票の10分の1くらいの重みってことにしよう」。(同ページ)
 公開市場を作って選挙権を売買してしまおう、という大胆な発想。いまは棄権した票は単なる死票。それなら、ひとりで複数票を投じてでもある候補者や党を応援したい、という望む有権者がその票を買い取って自らの意思を生かすという道があってもいい。

 選挙権を金でやり取りするなんてとんでもない、という清潔な考えを持つ人たちは眉をひそめるだろうけれど、実施されれば話題にはなるだろうなぁ。
 蔭でこそこそ票を金で買うという行為は罪になる。が、オープンに売買することで死票がぐんと減るのなら、それもまた「あり」なんじゃないだろうか。
 娘と息子が行使しなかった2票の選挙権をもったいないと思うので、山形さんの説に頷きたくなる。

 投票所に行くのが面倒な人もいるかもしれない。それならたとえば、選挙人名簿に記載された数字などを入力すれば携帯電話から投票することもできる、といった、IT時代を考慮した投票方法も考えられてもいいんじゃないだろうか。

 手元に残された2枚の「お知らせ」は、僕にいろいろなことを考えさせる。