今日のタイトルは「こしたんたん」と読んでいただきたい。「虎視耽耽」の音だけを拝借した当て字。元の意味からはかけ離れていることをお断りしておきたい。
このところ世間を騒がせている、「再生紙はがき」偽装問題への僕なりの思いをこめたつもり。
僕たちが読み捨てた古新聞や古雑誌、使用済み段ボールなどを原料として、再び人間の役に立つために作られた古紙。
それなのに、古紙は不当な扱いを受けてしまった。彼らはきっと嘆いているんじゃないだろうか。そんな彼らの声を代弁するつもりで「古紙嘆嘆」としてみた。
再生紙は古紙から作られている。「再生紙はがき」には、古紙を40%配合してあることになっていた。
ところが、中村雅知社長が記者たちを前にお詫び会見をした日本製紙をはじめ王子製紙、大王製紙、北越製紙、三菱製紙もそのパーセンテージに満たない製品を日本郵政に売りつけていたことが明らかになった。
この行為について鴨下一郎環境大臣は11日、「環境に配慮して買った人への裏切り行為」と発言した。まったく同感だ。
古紙の含有率を40%にすると品質が保てないから、というのが偽装の理由と先の中村社長は会見で述べていた。
はがきだけでなく、コピー用紙などにも再生紙使用を謳っていながら、実は僅かな量しか配合されていない事実も浮かび上がってきた。
度重なる食品業界の偽装表示が昨年は問題になった。「製紙業界よ、お前もか」といった感がある。
製品を売る側の理屈はそれなりにあるだろう。しかし、消費者は「再生紙」と聞いて雪のように輝く白い紙を思い浮かべたりはしない。少しは色がくすんでいたり、手触りが新品の紙とは異なっているだろうくらいのことは承知の上で買うものだ。
再生紙のようなリサイクル製品を買い求めることで、地球環境を気遣う、世界的な大きな流れに連なっている自分を感じることだってできる。使い捨て一辺倒の生活へのちょいとした罪滅ぼしができるような気がするのだ。
製紙メーカー側の妙な自粛とも思える理屈なんて、まさに時代の空気が読めない愚かな行為と映る。
環境に配慮して積極的に植林を進めている製紙メーカーもある。でも再生紙を使った製品を作っておきながら、まともに流通させる努力を怠ってしまったら、メーカーの唱える「環境への配慮」なんて単なるお題目に過ぎないんじゃないかと思えてくる。
再生紙40%で作った紙を実際に見せてほしいと思う。それを見、手に取って確かめてから、買うか買わないかを消費者に選ばせればいいのではないだろうか。選択の幅が広いことは消費者にとっては望ましいのだから。
思えば、紙はいつでも身のまわりにあった。自戒の念もこめながら、紙とのつき合いを少し振り返ってみたい。
僕たちが子供だった昭和30年代、店先で買う商品はほとんど紙に包まれていた。八百屋で買った野菜などは、新聞紙を適当なサイズに切った袋に入れられた。焼芋もそうだった。
肉屋で買うコロッケやメンチカツは、まず経木でくるんでから紙袋に入れて貰ったように記憶している。そう、シャカシャカという音のするレジ袋の類はまだ影も形もない時代だった。
菓子店では量り売りがほとんど。煎餅も1枚ずつ買えた。そうした菓子や、あんパンなども紙袋に入れられる。店のおじさんやおばさんが品物の入った袋の端を両手で持ってくるりと一回転させて口を閉じ、手渡してくれたものだった。
その紙袋はほとんど無地だったけれど、なかには「丸十パン」などと店名が印刷されたものもあった。
食べた後に残った紙袋に息を吹き入れてふくらまし、手でパァーンと割って人を驚かせて面白がったりしたっけ。菓子などを包んだ紙袋は、そんなふうにその役目を終えたのだった。
下手な絵などを描いたり、字の練習をするには藁半紙が父や母からあてがわれた。サイズはB4くらいだったろうか。藁半紙というくらいだから、藁の繊維が入っていたのだろう。色は真っ白ではなく、手触りもどこか温かかった。無印良品から売り出されているメモパッドがそれに近い。この商品も再生紙50%使用を掲げている。
興味深い本がある。『最新 紙のリサイクル100の知識』(東京書籍、1998年)。編著者は王子製紙。今回の再生紙はがき偽装騒動の役者のひとりだから、悪いジョークにも思えるのだけれども…。
それは措くとして、再生紙の過去・現在・未来を縦横に語り尽くした感のある本だ。
この本、実に前向きな試みをしている。というのも、1冊丸ごと再生紙で作られているからだ。
本文用紙は古紙100%の「OKグリーン書籍100」。カヴァーも同じく「OKミューズRP ライトパープル」。見返し、別丁扉、帯ともに古紙100%で、それぞれ「OKミューズRP」のディープホワイト、ペールグリーン、ペールブラウンという紙を使用している。
本文ページの手触りは問題ない。ページをめくりやすい。あまりに白い紙だと目に刺激が強すぎるけれど、適度に柔らかい色合いだからその心配はない。
この本の162ページには、「古紙100パーセントで紙が作れる」と題する誇らしげな項目がある。そこに次のような文章が載っている。
この用紙は、古紙配合率100パーセントで生産された(江戸川工場)書籍用紙なのです。見た目には、他の書籍用紙とあまり変わらないと思いませんか。むしろ書籍用紙に要求される紙腰の柔らかさという点においては優れていると思います。
正直なところ、手に馴染む感覚といい、印刷された文字と紙とのバランスによる読みやすさといい文句のつけどころがない。古紙をここまで見事に蘇らせるとは、企業努力の鑑とさえ言いたくなるほどだ。
製造現場のこうした研鑽と努力は高く評価されるべきだ。日本の物づくりの良き伝統が息づいている。
日本で再生紙が作られ始めたのは奈良・平安時代にまで遡る、とこの本には書いてある。江戸時代には反古紙から浅草紙というトイレットペーパーも作られた。(これは僕たちの子供の頃まで見かけた。)
この国にはそうした紙のリサイクルに関するノウハウがあった。そして、上記に見たような製造現場の創意工夫はいまも健在だ。
そのようにして生み出される優れた製品をこそ、いまの消費者は待ち望んでいる。再生紙でここまで優れた製品を作り出せることをもっとアピールすべきだろう。
一度は人の役に立った後に、姿かたちを変えて再び世に出てくる古紙=再生紙。再会を喜び、大切に使ってあげなくてはそうした紙たちに申し訳ないと考える。これ以上、古紙を嘆かせてはいけない。