雨のために延期した父の墓参りに22日(土)に行ってきた。
湯河原駅を出ると、気づいたことが二つあった。
まずは23日(日)に行なわれる町議会選挙候補者たちの最後の訴え。もうひとつは、道路のあちこちに立てられた「武者行列」の幟。
幟に書かれた文字を見る。「源頼朝旗挙げ武者行列」とある。4月の第一日曜日に開催されるレキシイヴェントのお知らせだ。
平安時代の末に当たる治承4年(1180年)、平家打倒を意図して源頼朝が兵を挙げる。小田原の南にある石橋山で8月23日、平家方の大庭景親と合戦になる。が、多勢に無勢で頼朝軍は敗退。その時、湯河原あたりを領地としていた土肥次郎実平が敗軍の将頼朝をかくまった。
その歴史のひとコマを再現するのが、この武者行列というわけ。僕はまだ見ていない。
亡父の墓のある城願寺は土井実平の持仏堂だった。いまも木立に囲まれた一角に土肥一族の墓所がある。墓参に同行した息子を案内して、その由来を語って聞かせた。
明けて23日(日)。この日をずっと楽しみにしていた。
銀座産経学園での講座「フランス語で歌いましょう」の受講生に、宇田川博伸さんという男性がいらっしゃる。
宇田川さんは富里に土地をお持ちで、みかんや梅、ローズマリーなどを植えているが、ブドウを栽培したいという考えをお持ちだった。ある時、宇田川さんは「一緒にやりませんか」と打診された。「いずれそのブドウでワインを作りましょうよ」。
さっそく宇田川さんは、山梨県にある業者にブドウの苗木を手配。それを昨日、畑まで送って貰うことになった。その苗木をひと晩水に漬け、翌日に植えるという計画だった。
その日がついにやって来たのだ。久々に胸躍る。
新浦安駅前に朝9時集合。遅れるわけにはいかない。そこで、墓参りの報告を兼ねて立ち寄った、市ヶ谷薬王寺町の母の家に泊めて貰うことにした。
地下鉄有楽町線の終点・新木場で京葉線に乗り換えて新浦安まで行くためには、途中駅の市ヶ谷から乗り込めば時間を短縮できようというもの。
新浦安駅から宇田川さんの運転する自動車で富里へ。畑に着くと、もう政樹園緑化から出向いてきてくれた職人、Kさんが待っていた。
まんべんなく日当りのいい土地で、どこに苗木を植えたらいいか悩むほど。しばし考えた末に場所が決まる。
Kさんはメジャーを地面に長く引き出して、言った。「180センチずつ計って土に印をつけてください」。180センチといえば二間(にけん)。これから植える計20本を10本ずつ二列に分けて、言われたとおりに印をつけていった。
一列目を終えると、Kさんのアドヴァイスがあった。「次の列は千鳥に」。一列目と平行ではなく、互い違いになるようにということ。枝が伸び、実がなった時に作業しやすいようにとの配慮だ。
先の状態に思いを致しながら、いまやるべき作業を整えておく。さすがプロフェッショナル、とつくづく感じた。こういう教えを受けると嬉しくなる。
次に穴を掘る。Kさんの見よう見まねで掘ってみた。「もっと深く」。Kさんの指示はてきぱきしている。続いて、苗木を結びつけておく支柱を打ち込む。穴のなかにではなく、外側に立てるのがミソ。風に煽られたりした時に共倒れにならないようにするためだ。素人にはそこまで気がつかない。
ここまでで、当面の作業はひととおり。苗木の到着を待つことにした。
宇田川さんと僕とで買った苗木の品種はピノ・ノワール。
ブルゴーニュワインはこのブドウから造られる。遺伝子から見ると、世界中のブドウの原種はピノ・ノワールに行き着く、と聞いたことがある。
僕たちが仕入れた20本の苗木は、この地に根づいてくれるんだろうか。楽しみな気持ちと心配とが交錯する。
苗木は午前10時から正午までの間に、宅配便で配達されることになっていた。
ところが、一向にトラックがやって来ない。
宇田川さんが電話をかけて事情を尋ねる。どうやら運転手さんが道に迷ったらしい。というのも、隣にある乗馬クラブは地図に載っているけれど、この畑は見当たらないのが原因だった。
正午過ぎ、待ち焦がれた苗木が届いた。
さっそくKさんが箱を開ける。取り出した苗木を見ると、根元から下半分ほどまで水を吸っている。
「これならひと晩水に漬ける必要はないでしょう」とKさん。「24日(月)は一日中雨降りという予報も出ているから、植える作業までやってしまいたい」とも。
プロの言うことだから、僕たちに異存のあろうはずがない。苗木を手に先ほど掘った穴へ。
深く地中に差し込んでいたら、またKさんの声。「もっと浅く」。そういうものなんだと初めて知った。
植えてからホースで水をかける。見ると、Kさんは苗木を引っ張っている。要らない空気をこうして抜いてやるのだという。これも初めて教えて貰った。
水が十分に土に浸み込んだのを見て、Kさんは手際よく苗木を支柱に紐で結えつけていった。この結び方もいろいろあるという。「時々忘れちゃってね」などと、軽い冗談を飛ばす。まさか、手練れの職人がそんなことはないだろうけれども。
根元のまわりにぐるっと土を盛り上げる。苗木の植わっているあたりが深皿状になる。そこに水を満たす。これにも意味がある。このやり方を水鉢と呼ぶそうだ。
Kさんは何気なく、ごく当たり前のこととしてこうした動作をする。素人の僕はそのひとつひとつに興味があるので、「それ、何ですか」と尋ねてしまう。Kさんは面倒がらずに教えてくれる。それがまた嬉しい。
ともあれ、20本の苗木は富里の地に植えられた。
実をつけるのは2年後と聞いている。ワインが作れるまでになるには、さらに1年待たなければならない。
それでも、収穫したブドウから作ったワインで乾杯する僕たちの姿ばかりを繰り返し思い浮かべている。
夢の始まりだ。