今日も東京地方はやや雲はあるものの、晴れて夏を思わせるような天気だ。梅雨を控えて最後の爽やかな日々というところか。
夏がまたやって来る。暑い、暑い夏。そう、ビルディングの外壁やエアコンの室外機などから発せられる熱が街中に溢れる。それがまた暑さに輪をかける。ものを考えたり、書いたりするのには甚だ都合がよくない。
おまけに、アスファルト舗装された車道や歩道からの照り返し。誰だってイライラしてしまう。
昨日日曜日の読売新聞に興味深い記事があった。
「代々木公園4.1度クール」。
首都大学東京や帝京大学などの研究チームが2006年夏、都内11カ所にある2ヘクタール以上の緑地で観測した結果だ。
それによると、明治神宮とその隣にある代々木公園では、周辺地域と比べて4.1度も気温が低いという。
なるほど、どちらも樹木の多い公園だ。背の高い木々が枝を広げ、夏の陽射しを遮ってくれる。その下にいれば汗もスーッとひいてくる。
この他に千代田区にある皇居は2.8度、新宿区の甘泉園公園は1.5度低いとも出ている。皇居内には立ち入ったことがないので何とも言えない。でも、甘泉園公園には何度か行ったことがある。都電荒川線の面影橋停留所にほど近く、通りを一本裏に入った所にある。
徳川御三卿の清水家下屋敷跡。高田馬場から神田川に出る斜面を利用して造られている。
早稲田の古本屋街での本探しを終え、何度かひと休みさせて貰った。記憶が定かではないのだけれど、ここも木が多かったんだなぁ。
こうした木々の生い茂る公園などでは市街地よりもクールだ、という結果が出た。この事実は重視した方がいい。
木は根から水分を吸い上げ、葉から酸素とともにそれを空気中に放出しているのだろう。そのおかげで木のまわりは涼しい。やはり木はありがたいと思う。
都会では鬱蒼たる森林は望みうべくもない。雑木林だって姿を消そうとしている。
だからこそ、樹木の多い場所を大切にしたい。単にその木陰に涼を求めるためだけではない。木々が与えてくれるものすべてを受け止めることは、心と身体の健康にきっといいはずだ。
そんな木々の下、木洩れ日でも浴びながら「森」のつく漢字を思い浮かべてみるのも一興かもしれない。
森閑〔しんかん〕。もの音ひとつせず、ひっそりしたさま。
森厳〔しんげん〕。おごそか。身がひきしまるさま。
森森〔しんしん〕。1.樹木が高くそびえるさま。2.樹木が盛んにしげるさま。
(『大修館 新漢和辞典』)
いずれも、自然の大きさや奥深さを思わせる意味がある。そうそう、天地万物を表わす「森羅万象」も忘れてはなるまい。
法隆寺の宮大工だった西岡常一さんはある時、台湾の檜林に木材の買い付けに行った。その時の印象をこう語っている。
実際に台湾の樹齢二千年以上という檜の原始林に入ってみましたら、それは驚きまっせ。それほどの木が立ち並ぶ姿を目にしますと、檜ではなく神々の立ち並ぶ姿そのものという感じがして、思わず頭を下げてしまいますな。
西岡常一『木のこころ 木のいのち 天』(p.25 草思社、1993年)
木をよく知り、扱い慣れた西岡さんでさえこうなのだ。いや、西岡さんだからこそと言い換えた方がいいのかもしれない。
法隆寺建立に使われた木材が切り出されずにそのまま立っていたら、このくらいの樹齢になっている。そのことの重みを西岡さんは受け止めておられたのだろう。
自然を前にしてのこうした畏敬の念を僕たちは忘れてはいないだろうか。人間の知恵と力でどんなことでも自然に言うことを聞かせられる、と思い上がってはいなかったか。
地球温暖化を食い止めるためにも、いまこそ人間は自然に対して謙虚さを取り戻すべきだと考える。